JCOの臨界事故について

このページの趣旨
JCOの臨界事故で放出された放射線および放射能の人体に対する影響について、私の知識の範囲で説明したいと思います。特にここでは、放射線に対する知識を持っていない方を主な対象に考えています。

環境の放射線の測定
東海村およびその周辺には原子力施設が数多くあり、多くの場所で放射線の監視が常時行われています。例えば、核燃料サイクル開発機構では、生データをリアルタイムで公開しています(参照)。もちろん、東海村白方白根(日本原子力研究所東海研究所の北隣)にある東大の原子力工学研究施設でも、2ヶ所のモニタリングポストで環境の放射線を、JCOの事故の時を含めて、常時測定しています。

JCOの事故の時の環境放射線の上昇
事故のあった9月30日の環境放射線ですが、東大でもわずかな上昇を記録しました。降雨のあった夕方の午後5時頃から夜中過ぎの10月1日午前2時まで平均で、通常値の1.5倍くらいになりました。また、短い時間ですがピークが4回観測され(風向きのためと思われる)、最高値で通常時の10倍程度でした。茨城県でも、きわめて迅速に放射線レベルが公開され(参照)、最高値が、東大より現場に近い舟石川(旧役場)で東大の約2倍程度、舟石川(事故施設から南に2km)で東大の約4倍程度でした。東大では環境放射線の上昇は、9月30日から10月1日にかけて、およそ9時間の間だけで、その前後は通常と全く変わらないレベルでした。

どのくらいの被曝量になるか
通常の放射線レベルは、数値で書くと毎時30〜50ナノシーベルトです。事故の晩にこれが東大では1.5倍になっています。そもそも東海村周辺は普段は環境放射線の値が低い地帯です。茨城県では、山間部や水戸などの都市部の環境放射線が高く、これがおよそ東海村の1.5倍です。ということは、9月30日の夜、外にずっと出て雨に濡れたとしても、一晩水戸市に泊まった、という程度の被曝量にしかなりません。もちろん、屋内退避していれば、この値よりはるかに低くなります。東大よりも事故現場に近ければ被曝量も多くなりますが、それでも水戸に2泊あるいは4泊したか、という程度の被曝量にしかなりません。遺伝的な影響(これから受精して生まれてくる子供に対する影響)もありません。既に妊娠している方のお腹の中の子供に対する影響もありません。

農作物は
東大で放射線レベルが上がるということは、放射性物質が放出されて飛んできた、ということを意味します。ただし、そのレベルは10月1日の午前2時には通常値に戻っており、農作物に残っていることは考えられません(測定器は外にあって、雨にも濡れているのですから農作物と同じようなものです)。現場周辺でも、自治体等が測定して、わずかな放射性物質が検出されていますが、これは自然放射線がたくさんある中でよく検出できましたね、というくらい微量であって、人体への影響を云々するレベルではありません。例えば、10月5日の茨城県の報告(ホームページ)では、現場周辺の土壌1グラムあたりセシウム137が0.0016〜0.026ベクレルあった、と書いてありました(超微量です)。ちなみに、過去の大気中核実験の影響等で、日本全国で現在1年間に1平方メートルあたり0.1〜1ベクレルのセシウム137が降ってきます。それに、昭和46年以前は(私が生まれたのは昭和37年ですが)、毎年その100倍降ってました。従って、日本全国どこでも土壌に微量のセシウム137は含まれています。また、ナトリウム24が1グラムあたり0.0017〜0.13ベクレルとなっています。これも、天然のカリウム(成人でおよそ130グラム持っている)が1グラムあたり30ベクレルあることと比べると、ごく微量です。さらに、ナトリウム24は半減期が15時間ですから(15時間ごとに半分になっていく)、私がこれを書いている10月11日の時点では、測定不能なレベルまで低下していると断言できます。風評被害が出ていると思われますが、その責任の殆どはマスコミが負うべきでしょう。我々が科学の専門家であるように、マスコミは風評の専門家であるだけでなく当事者でもあるわけですから(そういう自覚は無いのでしょうね)。

放射線の単位について
注意深い方は、グレイとシーベルトの2種類が使い分けられていることに気づくでしょう。グレイとは、吸収した放射線をエネルギーの単位で表したものです。シーベルトとは、これを人体の影響の程度に換算したものです。放射線のうち、ガンマ線は係数が1です。つまり、1グレイ=1シーベルトです。アルファ線は係数が20です。つまり、1グレイ=20シーベルトです。中性子線は、エネルギーが不明の場合は係数が10です。

どのくらい放射線を浴びると体に悪いのか
広島・長崎のデータを見ると、被曝量がおおよそ200ミリグレイ(=20ラド、ラドは古い単位)以下では、白血病・ガンの発生確率は減少し、それ以上では上昇しています(近藤宗平「人は放射線になぜ弱いか 第3版」講談社ブルーバックス p.73)。現在の国の規制では、どんな少量の放射線でも体に悪いと仮定して被曝限度が決められていますが(安全のためにはそれでいいのです)、学問的には、少量の放射線は体に良いことがほぼ合意されつつあります。今回の被曝量は、東大近辺ではナノグレイの単位です。1ミリの1000分の1が1マイクロ,1マイクロの1000分の1が1ナノです。臨界を止めるために現場に行った決死隊の方々の最大被曝が100ミリシーベルトとのことです。一般の方々は、体に良いほどの放射線さえ浴びていません。決死隊の方々も、ガンの確率はむしろ下がったのではないでしょうか。親の被曝による子供の影響(これから受精して生まれてくる子供)、すなわち遺伝的影響、ですが、どんなに被曝しても、長崎・広島の調査では科学的には全く影響無いことがわかっています。

過去の臨界事故
鈴木篤之、清瀬量平「核燃料サイクル工学」日刊工業新聞、によれば、臨界事故は過去に8件報告され、最も新しいものは1978年10月のアイダホ研究所の高濃縮ウラン回収工程での事故だそうです。アイダホ研究所では1959年10月にも臨界事故があり、12名が被曝したそうです。臨界が37時間持続したハンフォード研究所の例も載っています(JCOでは20時間位か)。ちなみに、アイダホ研究所のあるアイダホフォールズ市は東海村と姉妹都市です。

結論
今回のJCOの事故では、国内で初めて一般の方々が被曝し、屋内退避や避難があったという意味で、日本の原子力平和利用の歴史の中で極めて重大な事故です。ただし、上に述べたように一般の方々の被曝量は科学的には無視しうる程度です。心配なのはむしろ神経的な面です。ストレスは体を蝕みますし、民放を中心にマスコミは針小棒大の報道をしています。国、県、村の公報や測定値は、我々東大のデータと比較しても信用できますし、事故当日の対応も、初めての経験にもかかわらず良かったと思います(水道水の安全性の確保や、屋内退避時の注意事項など。夜中でも繰り返し注意事項や避難地域を放送したNHKも)(不満な点もいくつかありますけど)。チェルノブイリの事故では、政府の公報が信用できずに混乱したことにより、東ヨーロッパ等で科学的な原因に基づかない極めて悪い影響がありました。でも、今後のマスコミの報道いかんによっては、日本でも心理学的な悪影響が出るかも知れません。
 
その後(2006.5.17)
上記の結論の中ではっきり書けなかった東ヨーロッパの悪い影響とは、中絶、です。チェルノブイリ事故では、放射線被曝による犠牲者よりも、中絶数がはるかに多かったそうです。それも、被曝量のはるかに少ない東ヨーロッパで。その後の東海村の報告をしなければなりません。東海村は順調です。平成14年には、なんと出生率が茨城県の自治体で1番になっています。平成17年でも確か1位か2位だったと記憶しています。小学校で下の学年でクラスが増えたという話も聞きました。私自身も、平成16年に東京に転勤になりましたが、子供3人と家内は東海村に残っています。暮らしやすいのですね。

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